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木場×潤子短編

「張り付いた嘘に息吹を吹かせ」お題:空想アリア

シリアス。というか暗い。

小説は追記より


「あ?なんだこりゃ」
久々に猫目洞を訪れた木場が店に入って真っ先に見つけたものは、顔馴染みの女主人ではなくカウンターに置かれた一枚の写真だった。幾分古ぼけたそれに手を伸ばしかけてやめる。他人のものを手に取るのは憚られた。
ちらと見るだけにとどめておいたが、写っている女性はどう見ても潤子ではなかった。その女性は赤ん坊まで抱いている。写真の傷み具合から見て、おそらく最近撮られたものではないだろう。
潤子の友人の写真かとも思ったのだが、私生活を詮索されることを嫌うあの女がこんなものを店に持ち込むだろうか。
木場がそうぼんやりと考えていると、一時店の奥に引っ込んでいたらしい潤子が顔を覗かせた。カウンターに座る木場を見つけ、その猫のような目を丸くする。
「あら、修ちゃん来てたの」
「来てたのじゃねぇよ。なにやってんだ、客商売が客放っておいたら話になんねぇだろうが」
「うるさいわね。男が小さいことをがたがた言うんじゃないわよ」
潤子は気怠げに髪を払うと大きく息を吐いた。つとその視線を横にずらすと、カウンターの上の写真に気づいたようだった。写真を手に取り、再び息をつく。
「さっきのお客さん、酔ってこの写真置いていっちゃったのねェ。ま、いずれ取りに来るか」
「そりゃあお前のじゃねぇのか」
「どうしてあたしがどっかの親子の写真なんか後生大事に持ッてなくちゃいけないの。これは、さっきまでここにいたお客さんの」
そう言って潤子はカウンター下の引き出しをがらりと開けると、そこに写真をしまった。表に出しておくと汚れるかもしれないと配慮したのだろう。そして何事もなかったように、木場がいつも頼む酒を作り始めた。
「何年か前に別れた奥さんと子供の写真なんだとサ。仕事が忙しくて構ってやれなかった、今でも後悔してるって酔ッ払いながら話してたわ」
そう言いながら、潤子は木場の前に作った酒を差し出した。カラン、と音を立てる氷を見ながら、木場は先程の写真を思い出す。和服姿の女と、産まれて間もないであろう赤ん坊。女の顔は幸せに満ち溢れた笑顔で、赤ん坊の顔もいきいきと生命力に溢れていた。一瞬しか見ていないはずなのに、その写真の様子は木場の網膜にやけにしっかりと焼きついていた。
「赤ん坊ってサ」
不意に口を開いた潤子に、木場は視線を向ける。その彼女の目は目の前にいる木場ではなく、どこか遠くを見ていた。
「産まれたときに絶対泣くでしょう。あれ、なんでだか知ってる?」
「あ?知らねぇよ。理由があんのか?」
訝しげになる木場に、潤子はふふ、と含み笑いをしてみせた。

「生きるのが恐いから―――泣くんだって」

その言葉に、木場はぴくりと片眉を持ち上げた。この女は、涼しい顔をしてときどきとんでもないことを言う。
「だってサ、それまでは母親のお腹の中で生きていられたわけでしょう。あったかい場所で守られていたわけでしょう。それが突然外の世界に放り出されて、いつ死ぬともしれぬ人生をおくっていかなきゃならないわけよ―――そりゃあ恐いわねェ」
自身も酒の入ったグラスを揺すりながら、潤子は明後日の方向を見て言った。



木場は、潤子がなにを思ってこんな話を切り出したか計りかねていた。
木場にとって潤子は若い頃からの馴染みだが、実のところ木場は彼女のことをよく知らない。その生い立ちも、家族のことも、なぜこういう商売を始めたのかその経緯も―――なにも知らない。
もともと自分の本名すら明かしたがらない女だから訊いたところではぐらかされるだけなのだろうが、それにしても木場はまるで潤子のことを知らなかった。知りたいと思わないでもないが、その好奇心よりも“その答えを聞かないほうがいい”と告げる理性のほうが遥かに勝っていた。答えを聞けば自分と潤子の関係は少しずつ崩れると、心のどこかで思っているのかもしれない。いや、答えを聞くのではなく、“そのような質問をするようになったら”―――きっともう崩れている証拠だ。
関係が崩れたらどうなるのかなどと、そんなことは考えるのも煩わしい。第一、そんなリスクを冒してまで聞くべきことではないのだ、きっと。



「なァんてね―――」
不意に一言そう言うと、潤子はグラスに口をつけてウイスキーを舐めた。
「嘘よ、嘘。本当はね、赤ん坊が母親の胎内から外に出た瞬官、口から酸素が体の中に入ってくるのに驚いて泣くんだってサ。それまで羊水に浸かってたもんだから、呼吸の仕方がわからなくて吃驚するらしいわよ」
「小難しいことなんざ聞かされても俺にゃあわからねェぞ」
「このくらい理解しなさいよ」
まったく頭の回らない下駄ねェ―――そう言うと潤子は、再びグラスに口をつけた。
そうやってどこか上機嫌そうに酒を飲んでいた潤子が、ふと真顔になる。その目はどこか、寂しげだった。

「―――生きるのが恐いのなんて、当たり前なのにね」

木場は思わず潤子を凝視した。
「…なんだ、今日は随分と湿っぽいじゃねェか」
「そう?思ったことを言っただけよ」
そう言って潤子は、目を細めて笑った。
くるくると気まぐれに変わるその表情が、まるで猫のようだと思った。

そして、いつも蓮っ葉な言動を繰り返す気の強いこの女が、ひどく小さく弱いもののように思えた。

**

死ぬのが怖い
ひとりで死んでいくのが怖い
酔っ払ったあの客はカウンターにうつぶせながら、誰にとはなしにそう言った。
自分に非があっての別れだったと、戻りたくても戻れぬと、そう言った。
家に帰りたくない。自分を待つ者がいない。ひとりは寂しい。
死ぬときもひとりきりなのではないかと思うと、夜も眠れぬ。
そう言った。

潤子は職業柄、客のそのような繰り言を聞き流すことには長けている。
しかし今回は、少し引っかかった。
自分にも、戻れない場所がある。置いてきた過去も、忘れたい思い出も、山程。
しかし、寂しいと思ったことはない。
ひとりが好きなのは昔からのことだ。むしろ、気楽でいいとすら思う。
自分が死ぬとき、もしひとりであったら―――などとは考えたこともなかったが、それも「ありがち」だと思えた。それほどまでに、潤子はひとりであることに慣れきっていた。

だが、ふと思った。客が懐から出した写真を見、客の独り言を聞きながら。
もし、これまでの人生のどこかの分岐点で、自分が別の選択をしていたのなら。
この写真の女が自分であった可能性はあるのだろうか、と。
別に客に惚れたわけではない。ただ、自分が結婚をし、出産をするという未来があったのだろうかと思ったのだ。
そこまで考えて、阿呆らしくなった。過去は変えられぬ。それは自分が、一番よく知っている。

ひとり、なんて。
人というものは、生まれてから死ぬまで総じてひとりだ。
誰かとともに在ってもそれは変わらない。自分は、ひとりしかいないのだから。
けれど、人生の中で他者とともに在るその喜びを知ってしまうから、ひとりでいることが怖くなるのだろう。
潤子は、今まで他人との間に必ず線引きをしてきた。ある場所からは決して自分の中に踏み込まれないよう、必ず一定の距離感を保って他者と接してきた。

そして目の前にいるこの男も、例外ではない。

「なんだ、今日は随分と湿っぽいじゃねェか」
自分の心の奥底のかすかな揺れを気取られたことに気づき、潤子は内心「しまった」と思った。
「そう?思ったことを言っただけよ」
そう言って、何事もなかったかのように笑ってみせる。つくり笑いをするのは、なによりも得意だった。
伊達に、これまで面倒くさい人生を生きてきたわけではないのだ。ある程度世の中を渡り歩いていくすべなら、それなりに身につけている。
ひとりでいることは怖くない。むしろ、楽なのだ。
だから。だから。

(お願いだからこれ以上、踏み込んでこないで)
それは、まるで喉の奥が締めつけられるように切なる願いだった。

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