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「シザンサスの冠を君に」 第一話
榎ミヤ・青敦前提
敦←益+美由→榎
小説は追記より
“恋は、片思いをしてるときが一番楽しい”、という話を聞いたことがある。
確かに交際に発展すれば思い通りにならないこともたくさん出てくるだろうし、それは言い得て妙だと、そのときは思った。
しかし違った。恋は、そんな単純なものじゃない。片思いなんてちっとも楽しくないし、苦しいだけだ。美由紀は19歳にして、それを思い知らされたのである。
[彼]の結婚式は、榎木津財閥次男坊の式だというだけあってさすがに豪奢だった。美由紀ですら名を知る政財界の大物が多数来場し、しきりに彼の門出を祝っていた。
披露宴を兼ねた立食パーティは、結婚式というよりどこかの会社のセレモニーのようだった。美由紀は飲み物を片手に会場の隅の壁に寄りかかりながら、面倒そうに客をあしらいつつも妻とともに時折笑顔を見せる彼を、ただ眺めていた。
異様な盛り上がりを見せる式の中で、美由紀の頭はやけに冴えざえとしていた。
良いことだと、思わないわけではない。彼も嬉しそうだし、彼の妻となる女性も、幸せそうに微笑んでいる。
美由紀は二人が好きだった。
彼は美由紀にとってなにより心を救ってくれた恩人であり、絶大な影響力を持っていた。傍若無人で振る舞いはまるで子供だが、物事を見定める目は常に正しかった。
彼の妻となった女性は、姉のようだった。常に凛と胸を張り、決して驕(おご)らず、聡明だった。誰に対しても公平で、愛嬌のある人だった。
そんな二人の幸せを、良いことだと思わないはずがない。
しかし。
その幸せは、美由紀の不幸せと同義だった。
美由紀は今日、これまでずっと心の奥底で泣きたくなるほど思い続けてきた男の結婚を、祝いに来ているのだ。
茫漠とした頭で会場を眺めていると、隣に立っていた男が美由紀の顔をこっそりと窺ってきた。
「大丈夫?」
小声で訊かれたその問いは、数ヶ月前に別の人物の結婚式で美由紀がこの男にした質問とまったく同じ内容だった。
「思ってたよりも大丈夫です」
この答えも、そのときの彼の答えとほぼ同じだ。
「益田さんの言ってたとおりでした」
「でしょう?その状況になれば、案外すんなり受け止められるもんなんだって」
「なんか目の前で見せられると、受け止めざるをえませんよね」
「仕方ないよ。僕たちは」
男はそこで言葉を切った。美由紀もその先を、敢えて訊かなかった。
言いたいことは、とうにわかっている。
和やかな雰囲気の会場の中で、美由紀とこの男の周りの空気だけが冷えているようだった。これも数ヶ月前の感覚とまったく、同じ。
こんな思いをするくらいなら、恋なんてするもんじゃない。そう思う。
愕然とした。美由紀が彼への思いにはっきりと気づいたとき、すでに彼は生涯の伴侶となりうる女性を心に決めていたのだ。しかし、美由紀がどれほど早く自分の気持ちに気づいていようと、その状況が変わる可能性はなかったといえる。彼にとって美由紀は庇護の対象であれど、恋愛対象にはなりえなかったのだ。それすら美由紀は、早々に悟っていた。