慣れないことはするものじゃない。そう思う。

待ち合わせをした駅前に着くと、敦子はなぜか落ち着かない気持ちになった。そわそわとしながら、おもむろに自分の姿を見下ろしてみる。紺地に薄紫の藤の花があしらわれた浴衣。もうここ数年は着ていなかったものだ。

敦子はいつも動きやすさを重視するせいか少年のような服装を好み、スカートなどは滅多に穿かなかった。そんな性分のせいなのか久しぶりに着る浴衣はなぜだか妙に動きづらく感じて、それと同時にやはり自分にはつくづく女らしさというものが足りないのだということを実感する。普段から好んで和服を着ている千鶴子や雪絵だったらこんな風には思わないのだろうと内心で一人ごちながら、敦子は一人駅前に立っていた。

腕時計を見れば、待ち合わせの時間まであと15分ある。

相手が来るまでに、このうるさい心臓をどうにかしなければいけない。

うら若い少女でもあるまいし、デェトのたびにこんなことになっていては身がもたないではないかと、敦子は自分を叱咤した。

花火大会なんて、これまで何度も訪れたことのある行事だ。いつものそれと今回のそれに、大した違いはないはずなのだ。違うのは、同行者が青木だということ。ただ、それだけ。

それだけなのに、こんなにも胸が高鳴るのはなぜなのだろうか。

青木は、待ち合わせ時間５分前に現れた。開襟シャツでも私服でもなく、彼は深緑色の浴衣姿だった。いつもと違うその姿に思わず見惚れてしまう。浴衣の襟ぐりから覗く鎖骨が妙に色っぽかった。

「敦子さん。すみません、待たせましたか」

声をかけられてはっとする。いけない。ついじっと見つめてしまった。

「いえ、私も今来たところですから」

「では、いきましょうか」

あっさりとしたやりとりにいささか拍子抜けしながらも、敦子は青木の後ろについて歩き始めた。本当は青木から敦子自身の浴衣姿について言及のひとつも欲しかったのだが、そこは潔く諦めた。青木は女性を前にすると意外と照れ屋で口下手なのだと、これはつきあい始めてから知ったことだ。